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2005/03/04

港区の坂(3)三田・高輪界隈

mita1-9中川にかかる新堀橋を渡ると、三田に入ります。信号を渡ると、こんな路地が。
昭和がまだ色濃く残っています。

その東側に、神明坂があります。shinmeizaka坂の途中に天祖神社という神社があり、ここを元は神明と呼んだことから、その名がついているようです。
上り詰めると右手にオーストラリア大使館、mituikurabu左手に大正2年築の「三井倶楽部」の洋館があります。その向かいの簡易保険局もなかなか渋い建築。

三井倶楽部の東側を南に下がっていくと、綱坂です。tunazaka羅生門の鬼退治で有名な武将、渡辺綱がこの辺りで産まれたという伝説から名付けられているようです。江戸時代には、坂の東側に松平隠岐守、西側に松平肥後守の屋敷があったという由緒ある坂道です。松平隠岐守の屋敷跡は、今はイタリア大使館になっていて、敷地内には忠臣蔵大石主税以下切腹跡があるそうです。

この坂の途中で、デジカメのバッテリーが切れてしまいました(>_<)。電池の替えも持っていなかったため、あわててコンビニを探して電池を買いました。

この界隈は慶応大学に近いところで、ちょうどお昼時に重なったためか、ラーメン屋さんなどに、学生さんやサラリーマンの行列ができていました。keioumaeそのすぐ裏手に、慶応大学のキャンパスの森をバックにした、昭和レトロな家屋があります。

慶大正門前から安全寺坂を上ると、右手下に桜田通りや墓地が見えます。この辺りから寺町が始まり、かなりの寺院が集中しています。蛇坂を下り再び桜田通りに出て南に進み、幽霊坂を上ります。yuureizaka幽霊坂という名前は各地にありますが、いずれも物寂しく、人通りも少ない坂道がそう呼ばれているようですが、ここも寺に囲まれ、車もあまり通らず静かな坂道です。たそがれ時などは、ちょっと恐いかもしれませんね。
上りつめると、玉鳳寺というお寺があって、oshiroijizouそこに「おしろい地蔵」という病気平癒のお地蔵さんがありました。親知らず痕が二度と悪くならないように、お参りしてきました。

玉鳳寺の脇を入っていくと、二股になってスイッチバック方式で上がっていく不思議な坂がありましたmita4-8民家やお寺へのアプローチのようですが、珍しい坂です。

魚藍坂に出て、大丸ピーコックのある角を右に曲がると右手に高松宮邸があり、その脇にある団地の隅に忠臣蔵大石内蔵助他16人忠烈の跡があります。akouroushityuuretunoato泉岳寺も近くなってきて、やはり三田高輪には、忠臣蔵ゆかりの場所が多いですね。車道に出て、反対側に渡り、細い路地を下がっていくと、高校の脇の本当に細い、人一人くらいしか通れない道をくねくねと進み、泉岳寺の前に出ます。この路地の途中にはポンプ井戸もあり、なかなか渋い路地です。

sengakuji泉岳寺はご存じ赤穂浪士ゆかりの播州赤穂浅野家の菩提寺で、いつもお参りの人が絶えないそうです。まりもも一度お参りしたいとずっと思っていました。墓所の入口にお寺の人がお線香を売っていたので、一束買い求め、浅野家と浪士のそれぞれのお墓にお供えしてお参りしてきました。akouroushibosyo

またまた時間もなくなってきたので、帰りを急ぎます。品川に出て帰ろうと思っていたのですが、泉岳寺から品川に出るまでにも、桂坂、洞坂といった素敵な坂がありました。しかし、デジカメのメモリーが一杯になってしまい、時間がないこともあって、撮った写真の整理も出来ず、残りの坂は写真に撮れず終いでした。残念。
JR品川駅に出て、帰りました。

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