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2008/11/03

四万十ウルトラマラソン完走記(長文)

憧れの大会だった四万十ウルトラマラソン。
もうあれから2週間も経ってしまいました。

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キメラさんのツアー(これについては別項で)で四万十入りした一行は、当日朝4時前に宿毛のホテルを出発。
スタート地点の蕨岡中学校に着くと、まだ明けやらぬ暗闇の中に松明が燃え太鼓の演奏があって、否応にも雰囲気が盛り上がります。
60キロ過ぎのカヌー館とゴール行きの荷物を預けます。ウインドブレーカーもゴールの荷物に入れて預けてしまいました。気温は若干寒かったけど、半袖のTシャツにスキンズのアームカバーを重ね、下もスキンズのロングタイツなので、それほどでもありません。
仮設トイレも並んでいましたが、女子用は校舎の中を使わせていただけるので、そちらに行きそれほど待たずにできました。準備は万端です。
ウエストポーチに、カメラ、携帯、お金(使わないと思うけど)、ウィダーインゼリー、あじゃり餅2個、を入れて持って行くことにしました。重いけど、何があるかわからないのでついつい荷物が多くなります。

スタート地点に移動。いよいよです。
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5:30スタート
高ぶる気持ちを抑えながらのスタート。とにかく最初は抑えていかないと、最後まで保たないでしょうから、ゆっくりゆっくりと走り出します。松明や明かりがあるのでヘッドライトはいらないけど、周りの景色まではよくわかりません。一緒にスタートした人たちも次第にばらけてわからなくなっていきます。tacocoさんや、Tさん達は先行されたようです。しばらくはIさんやMさんと走っていきます。

距離表示もよくわからないし、暗いので、どれくらいのペースで走っているのかがよくわかりません。速すぎるような気もするのですが、6分半~40秒くらいなのかな。
走り出して30分位経ってようやく明るくなってきました。
エイドも出てきたので、全部寄るようにしました。

このコースは前半10km位から徐々に登り始めて、21km位のところで堂ヶ森という峠を越えます。
ここが前半の山と聞いています。
mikage-bashiさんから、RUN楽堂の丸さんが参加されてると聞いていて、ナンバーを覚えていました。14km付近でそのナンバーを発見。思い切って声をかけてみると果たして丸さんでした。少し併走してご挨拶。先に行かせていただきました。
先行されたtacocoさんにもこの辺りで追いつきました。

こんな感じの山道です。
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この夏は山ばかり走っていたので、車道の峠はそんなにきつい感じがしませんでした。歩き始める人も出てきたのですが、私は快調すぎるほど楽だったので、ついつい走っていきます。これがあとで響くとも知らずに・・・

16km付近で、ふと前を走るランナーのナンバーの名前を見ると、なんと昔お世話になって一緒に走っていただいていたVALCAN氏でした。お互いこんなところで会うとは思ってもみず、びっくり。
VALCAN氏はお腹の調子が悪そうで、また先行させていただきました。

20km通過:2時間13分18秒。上りでこのペースはかなり好調!?

もうすぐ峠です。
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給食エイドでは、カステラが美味しかったです。梅干しとか、レモンもあって、ありがたい。
梅干しは全部地元の方の家の手作りらしいですね。

峠の下りに入って、しばらく行くとツアーのSさんに追いつきました。Sさんは頭にリボンを巻いているのだけど、そこには友だちなどから寄せ書きがされてるんですよ。いいなあこういうのって。
下りも飛ばすつもりはないし、ゆっくり行ってるのですが、それでもSさんより先行してしまいました。

峠もかなりおりたところで、また同じツアーのTさんに会いました。途中でまりもを颯爽と抜いていった女性ランナーがいたので格好いいなあと思っていたら、Tさんだったんですね。エイドで一緒になってわかりました。ここからしばらく同じようなところを走っていきました。

峠を下りると約30kmでこの辺りから四万十川が出てきます。
が、何となく左の膝に違和感を覚え始めました・・・
イヤな予感がします。
3年前に丹後の60kmに出たときも、最初20kmの峠で膝が痛くなりました。この時もだましだまし行って、途中でマッサージなどして何とかゴールまでたどりついたのですが・・・
今回はまだここから70kmもある!丹後の全行程より長いんですよね。

時々膝の屈伸をして、違和感を散らしながら行きます。
Tさんはまりもが屈伸をしてる間に先に行かれますが、まりもが走り出すと追いつくという繰り返しで、40km地点近くまで行きました。

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四万十川の雄大で美しい景色が、気持ちを和ませます。
日本一の清流というのもうなずけます。

40km付近から、60kmコースの人たちが合流してきます。まりもが通りかかった頃に、丁度対岸のスタート地点でスタートしたようで、合流地点ではまだ60kmの先頭は着いていませんでした。

40km通過:4時間23分26秒。

たけしたさんから、「40km過ぎにすごくきれいなロッジ風のトイレがあるから、そこを使うように」と聞いていたので、それまで行きたくても我慢してたんですよ(笑)
でもどこなのかよくわからなくて、もしかしたら気づかないで通りすぎてしまったのかも・・と思っていたら、本当にそのトイレはありました。

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この右側の蒲鉾状の建物が一つ一つロッジになっていて、そこのトイレを貸してもらえます。
ロッジといってもツーリングの素泊まり用のようですが。
でもトイレは洋式で清潔。靴のまま出入りができるし、何しろ係の人が空いたトイレに案内してくださいます。
ここですっきりしました(笑)

でも左膝の方は全然すっきりしません。だんだん違和感から痛みに変わってきました。
まだ半分以上もあるのに、どうしよう。

四万十名物の沈下橋が見えてきました。
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わざと欄干を作らずに、増水したら水没しても流木などが引っかかって壊れないようにしているそうです。
四万十川の清流も間近に見ることができて、なかなか趣深いです。
沈下橋はその橋だけを往復するので、対岸に渡ったところの応援の人にカメラを渡して、自分はもう一度戻って撮っていただきました。
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応援といえば、この大会、沿道の応援が温かいです。
家があるところではほとんどのところで道に出て応援してくださいます。
ボランティアの人も、皆さん温かい声援を送ってくださいます。
何故か応援に応えて手を振ったり、「ありがとう」と返事をすると、その間は気が紛れて膝の痛みも忘れるんですよ。だから、応援が続く方が、痛みも軽減してありがたいんです。

でも、左脚は膝をかばって走っていたせいか、50kmを過ぎる頃から、大転子付近も痛みが出てきました。
どこまでごまかせるんだろうか。
しかも、ここからまた峠を越えます。
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これから、写真の鞍部のところまでずっと上りです。
前半の峠はラクラク越えたまりもも、さすがにここは無理です。まあまだ下りよりは足の痛みも少ないのですが、とても走っては上れません。半分は歩きになりました。
何しろ1kmの間に3回はストレッチをしないと痛みもきつくて走れなくなってきています。
カヌー館の荷物に、サロンパスを入れたような気がしていたので、とにかくそこまでたどり着けば何とかなるかもしれないという期待だけを背負って足を進めます。
峠の手前からは、きれいな四万十の風景が見え、少しだけ心が癒されます。
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だんだん周りの人達も同じような人ばかりになってきて、言葉をかわすでもなく、抜いたり抜かれたりという感じになってきました。

峠の下りはきつかった。上りより負荷がかかるので、痛みも倍以上に感じます。
ストレッチの回数も時間もどんどん増えていきます。

60km通過:6時間51分50秒
この20kmで2時間30分ほどかかっています。
カヌー館までもう少し。

橋を渡って、ようやくカヌー館につきました。
U嬢とI奥さんが見つけて、声かけてくださいました。思わず安堵。知り合いと会うと心強いです。
すぐにtacocoさんも到着。
荷物を受け取って更衣室へ。着替えるつもりはなかったのですが、サロンパスを貼ろうと思ったわけです。
(エアサロでなくて、貼り薬の方を持ってきたものですから)

が、いくらさがしてもない!
結局入れ忘れていたみたいです。がーーん。
ショックが大きかったです・・・

荷物に入れていたミカンを食べて、荷物を預けて、エイドでクリームパンや味噌汁をいただいて出発。
次の目標は80km地点の私設エイド!
途中でリタイアしても、ここまでは這ってでも行けといわれる名物エイドです。

カヌー館では20分以上滞在していました。
でも、全然左足の痛みは変わりません。それどころか、股関節にまで広がって来た始末。
カヌー館からはtacocoさんより先に出たのに、すぐに追いつかれ背中が遠くなりました。
この辺りの1km表示の長いこと。ストレッチの回数が増えて200m位毎にしているようになってきました。

ある時もストレッチをしていると、少し年配のランナーの男性が見かねてか、ご自分の持参のインドメタシンの薬を貸してくださいました。わざわざ止まって、サラの薬を開けてくださって「塗りなさい」と言われるんです。
ありがたく借りてチューブから搾り出すと、インドメタシンの薬って熱に弱いのか、粘度が低くこぼれそうになるんです。そんなわけでなかなか塗れず、時間も量もたくさんかかってしまったのに、いやがらずに待っていてくださいました。
本当にこんな親切が骨身に染みます。ありがとうございました。

70km手前の2つめの沈下橋を渡って、坂を登ると、tacocoさんが道ばたのエイドでビール飲んではりました。
私はビールはよう飲まんと思って通り過ぎようとすると、「まりも」が云々と聞こえたので、思わず「まりもはここです」と返事しました。
そのエイドの主は、私を待っていてくださっていたようです。実はその時はどなたかわかりませんでした。
ビールも勧められましたが、よう飲まんかったので遠慮し、その代わり机においてあったエアサロを借りて、思いっきりかけさせていただきました。ありがたかったです。
あとスポドリもいただいて、そのエイドを後にしました。

その後、tacocoさんと併走して、「今のエイド誰やったんやろ?」と話していました。
後から、わざわざ徳島から駆けつけてくださった「スダチ」さんだということがわかりました。
「スダチ」さんには、実は先ほど書いた丹後60kmの足が痛くなった峠で初めてお会いしたんです。
お顔失念していて、大変失礼しました。ありがとうございました。

またもやtacocoさんの背中は遠くなり、
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足の痛みと闘いながら、一人旅が続きます。
1km表示はさらに遠く、なかなか距離が進みません。この辺り一番きつかったかなあ。人家も少なくて応援も少なかったからよけいに辛いです。
とにかく80kmのエイドまでを目標に行くのですが、頭の中には「痛い、痛い、痛い」の文字しかありません。
そんなとき、自転車に乗ったIさん夫妻を発見。結局カヌー館でリタイアされてしまったそうです。(残念)

ようやく80km通過:10時間5分53秒
カヌー館で長く休んだとはいえ、かかりすぎです。
ラップもキロ8分台まで落ちました。

この場を借りて懺悔すると、実は40km付近までは、12時間切り。うまくすると11時間半くらいでゴールできるかも!な~んて甘いことを考えていたのです。
その前の京都一周トレイルでも、結構いいタイムでゴールできたし、足も痛くなりませんでしたし。
でも、やっぱり100kmは簡単ではありませんでした。
なめてかかってました。すみませんm(___)m

少しいくと、前方に人だかりを発見。私設エイドと確信!
キメラツアーと私設エイドさんとのつながりは深く、ナンバーを言っておくと、幟に名前を書いて掲げていてくださるんだそうです。
というわけで、まりももお願いしてありました。
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嬉しいですよね。こんなにしていただいて!
それにエイドの内容の方もその充実ぶりといったら想像以上。
まずおしぼりが出てきます。
食べ物の内容も、お寿司あり、たたきあり、お団子、おはぎ、お味噌汁、掘り立ての自家製紫芋のふかしたんなどなど。どこかのホテルのバイキングにも勝るとも劣らずです。
ジュースなんて、缶ごとバケツに冷えてます。
ここではビールも一口だけいただきました。痛みが少しましになるかなと思って。
(残念ながらなりませんでしたが・・・)

エイドを出発、あと20km。まだ3時間半以上あるので、歩きが混ざっても完走はできるだろうと少しは気持ちにも余裕が出てきました。が、どこまで走れるか、逆に言えばどこから走れなくなるのか、全くわかりません。
救急車が通り過ぎていきました。長丁場、いろいろな事が起こります。足の痛みでいっぱいいっぱいだったまりもも、不謹慎にも「私も救急車でゴールまで連れてってくれないかなあ」などという妄想も起こります。
(こういう不謹慎な事を考えると、ろくなことありませんよ)

80kmまでは、痛みがきつくなったら止まってストレッチをしていたのですが、それだと止まってる時間の方がながくなってきたので、ここからは痛くなったら歩くことにしました。そうするとまだ痛みもましなので。
時間的にもその方が少し少なくてすみそうです。
だんだん日が傾いて、暗くなってきました。明るい内に着きたかったけど、もう全然無理みたいです。
40kmあたりまで前後していたTさんが追いついて抜かしていかれました。いつの間にかまりもの方が先だったみたいです。

90km辺りで再びMさんと一緒になりました。Mさんももっと前の方におられるものとばかり思っていたので、びっくりしました。
実は今回初めてお会いした方なのですが、ここからゴール手前までずっと併走(併歩?)していって、いろいろお話できました。もう90km過ぎからはずっと歩きです。
ペンライトも渡されました。もうかなり夕闇が迫ってきています。直に真っ暗になるでしょう。
そんな中で一緒に行く人があると心強いです。気も紛れます。

もう後少しなので、エイドも寄らずに2人でトボトボと歩いていきました。いつしか道は真っ暗になりました。ところどころ車のライトや発電機で明かりがついていますが、その間は足元もほとんど見えません。ペンライトも車などから見えるために点灯するようなもので、これで足元を照らしてもあまりよく見えません。
転んだら怖いので、慎重にいきます。

途中でトイレに寄られたMさんとは一旦離れたのですが、ゴール手前でまた追いつかれ99km過ぎの坂で置いていかれました。市街地に入り、応援も増えてきたのですが、なかなか走ることまではできません。足を引きずるようにしてとにかく前へ一歩一歩出るだけです。
ゴールの中村高校が見えてきました。応援もひときわ大きくなりました。
「ああ、何とか帰って来れたなあ」と思って、応援に応えると、自然に涙がこぼれました。あと少しあと少し。
あきらめないで良かった、リタイアしないで良かった。

高校の敷地に入ろうとすると、Iさんがまりもを見つけてくれて「まりもさんが帰ってきたよ!」と大きな声で叫んでくださいました。嬉しかったです。あと100mもない。
長い道のりでした。何故かあれだけ痛かった足も、この時は全然痛さを感じなかったのです。周りの声援がみんな後押しして私をゴールまで押しやってくれるような気がしました。「ありがとう!ありがとう!」と大きな声で感謝しながら、ゴールしました。

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ゴール:13時間25分28秒 
苦しい闘いでした。でもまるで出産の時のように、ゴールした瞬間に辛かったこと痛かったこと全て忘れてしまうような感じでした。
四万十は噂に違わず、すばらしい大会でした。
全ての人に改めて「ありがとうございました」と感謝の意を表します。

付記
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着替えた後で、T氏からビール1缶もらって、こんないちびった写真を撮ってしまいました。
この天罰が下ったのか、その後大変なことに・・・(続く)


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