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2012/02/22

奢れる者は久しからず 

先週末の日曜日は泉州国際市民マラソンでした。

1月の大阪ハーフで思いがけず自己ベストを出したものの、その後インフルエンザにかかり2月上旬は静養。
何とか走れるまでには回復したものの、大会5日前の水曜日の朝起きたら突然、右肩と腕が動かず力も入らない、いわゆる○十肩症状も勃発。
症状は軽かったようで、土曜日には何とか痛みも治まり走れそうな状態には戻ったのですが・・・

そんなわけで、全くモチベーションも上がらず当日を迎えることとなりました。
泉州は登録でエントリーすると、スペシャルドリンクを置けたり、最も前のブロックからのスタートと、好待遇で走れる大会です。
なのに、スペシャルがおけるということすら前夜まですっかり忘れていて、人のつぶやきで思い出すという始末。それにいつもならお守り代わりに「阿闍梨餅」もしっかり用意して行くのに、それを買うことも忘れてました。

結局スペシャルも阿闍梨餅も持たずに、漫然と参加。
右肩に不安を抱えたままなので、途中リタイアだけは十分想定して、やめてもいいように大きなウエストポーチにウィンブレや食べ物まで詰め込んでます。

当日受付して、適当にうだうだしていると、もうスタート時刻が迫っています。慌ててトイレに並んで何とかAブロックに滑り込む。わーわーずの人達と会って、スタートまでご一緒させていただきました。

スタート。この前の大阪ハーフでも時計を操作を間違って押せず、全然ラップも取れなかったのですが、なんと今回も全く同じミスをしてしまいました。その辺も全然準備ができてないってことですね。
まあ、大阪ハーフは体感を信じていったら、ラップに縛られずにかえっていいペースで走りきることができたので、今回もそれを頼みにします。

でも序盤、ちょっと速かった。frunのK氏、A氏の後を追い、追いついたT氏と併走して、しばらく話しながら行きましたが、序盤だからまだ話ながら行けたのであって、ペースは完全にオーバーだった模様。
折り返して最初の5kmが26分位。これだけ見ればそれほど速すぎるというタイムではないような気がしましたが、それは体調も万全、準備も万全の場合ですよね。でも先日の大阪ハーフ再びって感じで、案外今日もそこそこ行けるかも~とそのまま行け行けで走ってしまいました。

ただ、大阪ハーフと決定的に違ったのは、1km表示が遠かった。大阪の時はあっという間に2,3km過ぎていったのに、今日はなかなか次の1kmが来ない。それで10kmも走らないうちに、だんだん走るのが辛くなってしまいました。

それでも、10km、15km位までは5kmラップも何とか25分~26分で刻めていたのですが、15km過ぎくらいからだんだん右腕が重くなってきました。痛いとか振れないというほどではないのですが、違和感がある。
あ~やっぱり出てきたと思い出したら、ますますテンションが下がってしまいました。

20kmでOちゃんの写真撮影ポイントがあるから、せめてそこまではちゃんと走ろうと思って、歩かずには行きましたが、これまで感じたことのないアップダウンがとても気になります。岸和田の辺り、こんなに坂があったのかと驚きました。写真ポイントが過ぎたら、気持ちがプツンと切れてしまって、エイドで随分止まって休んでしまいました。中間点は1時間47分台。

それからは右肩腕もだるくて、時々歩いては腕を回したりとしてました。なんだか頭から背中まで右側全体が酷くこって痛くなってきました。でも今考えると、走れないほどひどいわけではなかったです。多分、へたれた自分の言い訳に肩を利用してたのではないかと思います。
悪い相乗効果で、ますます腕が振れず、走るバランスも崩れてしまって、全身の疲労がたまってきました。もう、どんどん抜かれまくりです。気候は暖かく走りやすいし、こういう時に限ってはトイレも全然行きたくないのに、本当に走る気が失せていくばかりです。情けなくなって涙も出てきます。

「無理して肩が酷くなって、包丁が持てなくなったり、字が書けなくなったりしたら大変だから・・・」という言い訳ばかり考えて、やめるタイミングを計っていました。連絡道の折り返し、30km地点で絶対止めようと、そこまではぼちぼちと走ってはいたのですが。

ようやく30kmが近づいて、「あ~、ここで絶対止めよう」と思っていたら、後ろから、「あれ?まりもさんや。どうしたん?」という声。Kちゃんたちの一軍が追いついてきました。「もうダメです。30kmで止めます」と言ったのですが、「止めたらあかん、がんばって」と激励されてしまい、30kmで止めるタイミングを逃してしまいました。

まあ、まだ30kmでも2時間45分は切っていたので、ほとんど歩いても5時間の制限には絶対に間に合うわけですがそれはあまりにも惨めすぎる。だましだまし行ってサブ4位で何とか滑り込めるかなと、もう少し行くことにしました。でも、やっぱり走るのがいやになって来ます。連絡道折り返して、そのままリタイアして直接ゴール付近に行こうと思って行きましたが、32km辺り左折するところに、わーわーずの応援隊の皆さんがおられて、またそこでコーラやみかんをいただいたり、応援をたくさんいただいたので、ここでも止めるタイミングを逸してしまいました。

Aさんがこの辺りで抜いて行きました。てっきり自分より先にいると思ったのでびっくりしました。でも全然ついていけません。またちょっと走っては歩き混じりです。何カ所かで名前を呼んでの声援もいただきましたが、ごめんなさい、あまりどなただったかはっきりしてないです。

スカイブリッジの入口で止めようと思って行ったら、そこではT姉さん達が応援してくれました。そんなわけでここでも背中を押してもらってブリッジに入ると、坂の途中ではMさん達がまた激励してくださいました。坂の登り口で、S元さん一行が抜いて行かれて、それにも着いていくこともできず、見送るのみ。

多分、本当は坂もそれほど歩かずに上れるだけの体力はあったはずですが、もうメンタル面で敗北しているので途中で全部歩きです。本当に情けないです。走りきればまだまだサブ4は行けるはずなのですが、「もういい」という気持ちばかりが先に立ちます。残り5kmでサブ4まで25分となって、サブ4は完全に消えました。

最後41kmほどでまたOちゃん達が撮影&応援してくれていて、そこだけちょっと元気なふりして通ったのですが、その直後に右足がつり出しました。本当にボロボロです。何とかだましながらゴールまでたどり着けました。
4時間4分45秒。

前半は1時間47分で、後半は2時間17分です。本当に無様な展開でした。
ここのところ、そんなに気合いを入れなくても、フルでもサブ4は必ずできていたし、40分台もそこそこ出ていたので、今回もまあ45分位では走れるのでは?なんて奢っていたのですね、きっと。
大阪ハーフができすぎだったので、ちょっといい気になってたように思います。
全然準備もしてないし、こんないい加減な気持ちで走ってたらダメだと、きっとマラソンの神様がお怒りになったのだと思います。

ラン仲間の皆さんが、しっかり準備したり、強い気持ちを持って走って、自己ベストを達成されたのを見ていると、自分の弱さ、情けなさが露呈した大会となりました。

応援してくださった皆さん、本当にありがとうございました。要所要所で、背中を押していただいたおかげで、何とかゴールまでたどりつけました。リタイアは簡単だけど、今の自分にとっては、それはもっと逃げることでした。完走したおかげで、真摯に自分と向き合うことができました。

次の鳥取マラソンでは、少なくとも自分に恥じない走りができるようにしたいです。

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