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2012/04/10

「まいまい京都」に初参加

まえまえから興味を持ってた「まいまい京都」。
面白そうなイベントもなかなか予定が合わずにいましたが、7日(土)ようやく参加できました。

テーマ:
山ノ内に通った観光電車!天神川から三条口へ 
~産業道路・三条通に見え隠れする、山ノ内村の断面~

(今回の記事は、かなりマニアックでローカルな内容ですので、あらかじめ申し添えておきます)

「山ノ内」というのは右京区の東端にあって、三条通を中心に南北に広がっている地域です。
京都にあって、全然観光地的な物もないもないところですが、ここは、私が結婚して初めて居を構えたところ。思い出の場所でもあります。
ちなみに「山ノ内」という地名は、延暦寺(お山)の領地であったことに由来するとか。

まずは、地下鉄の太秦天神川駅改札前に集合して、ここからスタート。
どんな方達が参加されてるのかなと思ってましたが、以外に若い方が多かったです。

建築や都市計画を専門にされてる山田章博さんという方がガイド。


(1)天神川三条の謎

まずは東に向かい、近々廃止されてなくなる山ノ内浄水場をちらっと眺めて、天神川三条へ。
南北に流れる天神川(かつての御室川)とその西に沿って南北に走る天神川通り、東西には幕末に開削された西高瀬川と、三条通り、そして嵐電が交差するところです。

天神川は天井川だったということを初めて知りました。そういわれてみれば、天神川の特に東南方面は川より少し低くなっています。

西高瀬川はかつて天井川だった天神川をくぐっていたそうです。へえ~。
今は天神川の河床を掘り下げ、西から流れてくる西高瀬川は直角よりも南にやや曲げられて天神川に流れ込んでいます。そして天神川以東の西高瀬川は、完全に雨水等を流す溝化して、やはり西流して天神川に流れ込むように勾配をつけられているそうです。

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〈天神川に掛かる三条通りの猿田彦橋から南をみたところ。嵐電の手前左(東)側に、東から流れ込む西高瀬川の流入口、嵐電の奥右(西)側に西から流れ込む西高瀬川の流入口〉

三条通りは、昔は猿田彦神社(庚申さん)の付近で天井川の堤防を上るために北側にクランク上に曲がっていたんだそうです。昭和10年の大水害後、紙屋川と御室川が大改修されて天井川でなくなりました。でも、嵐電の線路の付け替えは大変だったので、線路はそのまま。三条通りのクランクはなくなりましたが、嵐電との間に微妙な三角形の土地ができています(現在コンビニ)。
ここの土地も中途半端だな~とずっと思っていたのですが、その謎が解けました。

Dsc_3492

〈葛野大路三条西入付近で、嵐電が道路より離れるところ。25パーミリの勾配でかつての天井川であった天神川の堤防の高さまでのぼっていくのがわかる。左手は当時の堤防より低い〉


(2)旧山ノ内村

猿田彦神社にお詣りして、旧山ノ内村の跡を訪ねました。
現在の嵐電山ノ内駅付近の南北の小さな一角が、旧山ノ内村。三条通りの一筋南には、古い民家が多く残っています。この辺りのお屋敷は「ひょうたん屋敷」と呼ばれていたそう。母屋と蔵が上から見るとひょうたんのように連なってみえたことからだそうです。

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〈旧山ノ内村に残る古い民家〉

そんな旧家の中に、ぽつんと妙徳院という小さなお堂がありました。
これは最澄の母の妙徳尼由緒のお寺だったそうです。
かつて割と近くに住んでいたのに、そんなお堂があったことも知りませんでした。

次に三条通りを渡って、山王神社に行きました。
中で説明を受けていると、社務所から神社の奥様?がパンフレットを持ってきて配ってくださいました。
これに乗っていた、旧山ノ内村の古い絵地図がまた値打ち物。いいものいただけれよかったです。
なお、山王神社には、安産子授けの信仰篤い「夫婦岩」というのもあります。

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〈山王社〉

山王神社の前を流れる西高瀬川。
先ほどの説明にあったように、この辺りも完全に雨水の溝です。でもかつては嵐山から大堰川の水を引いていてかなりの流量もあったそうで、山王神社西側は、染色工場などがいまでも操業しています。


(3)西小路三条の謎


三条通りを東へ進み、私が住んでいた頃はまだ川であった養老田川が暗渠化・遊歩道化したところを見学して
西小路三条へ。

ここは嵐電の撮影ポイントとして有名なところです。
西小路通りと三条通りの交差するところですが、なぜかここだけ他に比べると不自然に小高くなっているのです。
なので、なかなか特徴のある写真が撮れるのですね~。

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〈前の写真は、嵐電山ノ内駅付近から三条通りを東に向かって撮影。後の写真は西小路三条交差点。この交差点だけが不自然に小高くなっているのがわかる。〉

このすぐそばのマンションに住んでいたので、そのころからなんでここだけ高いんだろうとずっと思っていましたが、今回その謎が解けました。

紙屋川という川があります。鷹峯から、北野の天神さんの脇を通って、現在は西大路太子道付近から西南に流れて天神川御池北側で天神川に注いでいますが、なんとかつては今の島津製作所の構内を通って、三条通り付近に達して西進し、西小路三条でほぼ直角に曲がって南下する天井川だったのだそうです。
これも全然知りませんでした。
昭和10年の水害以降に改修され現在の流路になった後も、嵐電の線路を付け替えられない関係で、西小路三条の辺りだけ、当時の天井川の堤防の高さのままに残っているのだそうです。へえ~。

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〈西小路三条西南角から南方向を撮影。交差点だけが高くなっており、周辺は階段を使って降りるほど低い〉

それと、西小路よりやや東側の三条通りの北側、不自然にここだけ三条通りが広く自転車専用道化したところがありますが、これも当時の紙屋川の跡らしいです。なるほど。これもなんか不思議だな~と思っていたので、すっきりしました。

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〈前の写真は、ここだけ不自然に広く、間に分離帯があって自転車専用道化したところ。旧紙屋川の流路か?。後の写真は、島津製作所正門西側の西高瀬川。中央の排水口が旧紙屋川に関係しているのではないかと参加者の憶測を生んだ。〉

・・・とこんな風に、説明を受けながら、約2時間のまちあるきイベントでした。
ブラタモリの京都版といった感じですが、私にとっては、大学の時の地理学巡検そのものという感覚でとても懐かしい感じがしました。
当時は巡検なんて大して面白くないと思ってましたが、年とるとこういうの面白くて仕方ありません。
すっかりはまってしまいそうです。
というわけで、月末の「東一口」も申し込んでしまいました。


まあ、「まいまい京都」には、こんなのばかりでなくて、もっと他の切り口のイベントもたくさんあるようですから、興味ある方はどうぞ。

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〈おまけ 嵐電のパトトレイン。右京区制80周年記念事業として平成23年度に登場したが、人気が高く今年も継続して運行が決まりました。かわいい電車で私も大ファンです。〉

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