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2012/04/30

まいまい京都 【東一口】(1)

かつて京都盆地の南には、「巨椋池」という周囲が16kmもある巨大な池がありました。
桂川、宇治川、木津川の3川が流入し、たびたび氾濫などをしてきましたが、豊臣秀吉がその付近に造堤したこと等で、河川の流入がなくなり水の出入りがなくなり、マラリヤが発生したり漁業が衰退したりしたため、干拓が進み、昭和16年に完全に干拓されてしまったそうです。

東一口と書いて、「ひがしいもあらい」と読みます。全国的にも難読地名の一つですが、なぜそんな地名なのか、なぜそう読むのかというのは後述することとします。

現在は久御山町に位置する東一口集落。宇治川の南縁に沿った、長さ約1km、幅100mほどの微高地に古い住宅が密集しています。

京阪淀から、バスに乗って集合地点の「排水機場前」に行きました。
最初は集合地点までどうやっていくのか想像もつかないようなところでしたが、京阪駅までスタッフさんが来て下さったので安心。

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東一口の一番西側から歩き出します。集落北側には「前川」という川があるのですが、これは排水のために作られた人工河川。川に沿って春は桜がきれいだそうです。現在は700mほどですが、かつては数キロに渡って桜並木だったとか。毎年桜のイベントもされるそうです。花見の穴場かも。来年の桜マラニックの候補になりそうです。

それはさておき、

前川に沿って歩いて行くと、通りに面した方が建物の裏手になっています。
この通り自体、かつては湖の水面下だったわけで、実際には通りの南側が堤になっており、現在の建物はコンクリートで基礎を作っているところもありますが、表は全部堤の上の道に面しているわけです。

こんな感じで、

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古い石段や石組。

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家のないところは古い堤の面影も残っています。

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前川橋という橋の南側、東一口の大庄屋だった「山田家住宅」(国の登録有形文化財指定)があります。
普段はしまっているのですが、特別に「まいまい」のために、当主の方が説明してくださいました。
奥の上の方の、お屋敷の門が「山田家」です。その手前、一段高くなっているあたりまでは、かつての湖だったそそうです。
説明しておられる方が、今回のガイドさんの冨家さん。

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立派な長屋門。

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一口村は平安末期に鳥羽上皇から巨椋池はじめ「櫓櫂の及ぶところ迄」の漁業権を得て、山田家はその巨椋池漁業の代表をつとめ、江戸時代には淀藩の川方下役を勤める大庄屋であったと伝えられるそうです。

母屋は18世紀後半の建築と推測されています。

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座敷の欄間には、鯉や網代守の彫刻が。

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秀吉から賜った朱印状も!
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巨椋池の干拓前は、ここから京都まで見渡せて、五山送り火も見えたそうです。
お庭には亀を模した築山があって、そこに上って見せていただきました。

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(続く)


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